富士重工事件

富士重工事件 事件の経緯

従業員Aと従業員Bが、上司に無断で職場を離れて、就業時間中に他の従業員に署名を求めたり、物品の作成依頼や販売をしたり、就業規則に違反する行為をしました。

会社が事実関係を調査したところ、従業員Cが従業員Aから物品の作成依頼を受け、従業員Cも他の従業員に物品の作成を依頼していたことが明らかになりました。

会社は、従業員Aの就業規則違反の事実関係を把握するために、従業員Cに対して事情聴取を行いました。しかし、従業員Cは、多くの質問に対して反問や返答の拒否を繰り返しました。

会社は、従業員Cが調査に協力しなかったことは、就業規則に違反する行為、懲戒事由に該当する行為と判断して、譴責処分を行いました。

これに対して従業員Cが、懲戒処分(譴責処分)の無効を主張して、会社を提訴しました。

富士重工事件 判決の概要

職場秩序は事業を円滑に運営する上で必要不可欠なものであるから、職場秩序を維持するために、会社は必要な規則を定めて、従業員に指示や命令をすることができる。

従業員は、労働契約を締結して会社に雇用されることによって、会社に対して、労務を提供する義務を負うと共に、これに付随して、職場秩序を遵守する義務を負う。

従業員が職場秩序に違反する行為をした場合、会社はその違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、職場秩序を回復するために必要な業務上の指示や命令をしたり、違反者を懲戒処分するために事実関係を調査することができる。

ただし、会社は職場秩序の違反について調査できるとしても、全面的に従業員を服従させることはできないから、従業員は、いつ、いかなる場合にも、会社が行う調査に協力する義務がある訳ではない。

この観点に立って考えると、他の従業員を指導・監督したり、職場秩序の維持を職務とする立場の従業員については、調査に協力することは、職場秩序を維持するために必要な職務に含まれるから、調査に協力する義務がある。

しかし、それ以外の従業員については、違反行為の性質、内容、違反行為を知ったタイミング、職務との関連性、より適切な調査方法の有無など、諸般の事情から総合的に判断して、調査に協力することが労務を提供する上で、必要かつ合理的であると認められる場合に限り、調査に協力する義務がある。

これを本件に当てはめると、従業員は職場秩序の維持を職務とする立場にはないことから、調査に協力することが従業員の職務となっていたとは認められない。

また、調査は主に従業員Aの就業規則違反の事実関係を把握するために行ったというが、従業員Cが返答を拒否した質問の多くは、従業員Aが就業時間中に物品の作成を依頼したり、署名を求めたりして、職務の執行を妨害したかどうか等、従業員Aの就業規則違反の事実を具体的に聞き出そうとするものではなく、従業員が所属する組織や活動状況等を聞き出そうとするものであった。

更に、従業員Cが行っていた物品の作成依頼については、休憩時間中に行われていたことを、会社は既に知っていた。

このようなことから、従業員が調査に協力することが労務を提供する上で必要かつ合理的であったとは認められない。したがって、従業員には調査に協力する義務はない。本件の懲戒処分は無効である。

富士重工事件 解説

従業員が就業規則に違反する行為をして、会社がその事実関係を調査している過程で、その調査に協力しなかった従業員がいました。その従業員に対して行った懲戒処分が、有効か無効か争われた裁判例です。

労働契約法(第15条)によって、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と規定されています。

権利の濫用に該当する場合は、懲戒処分は無効になります。どのような場合に権利の濫用に該当するのかは、事例ごとに判断基準やポイントが異なります。

例えば、職務を放棄して無断で職場を抜け出したり、他の従業員の職務を妨害したりしたときは、就業規則に基づいて、違反行為をした従業員に対して、会社は懲戒処分を行うことができます。

この裁判の当事者は、違反行為をした本人ではなく、違反行為を把握するために会社が行った調査に協力しなかった従業員で、従業員は調査に応じる義務があるのかどうかがポイントになりました。

管理職の従業員は、部下を指導したりすることに加えて、職場の秩序を維持することも職務に含みます。違反行為の調査は、職場の秩序を維持(回復)するために行うものですので、管理職の従業員については、職務そのものとして、調査に応じる義務があることが示されました。

管理職でない従業員については、職場の秩序を乱すことは許されませんが、職場の秩序を維持すること自体は職務内容とはなっていません。次のような事情を考慮して、調査に協力することが労務を提供する上で、必要かつ合理的であると認められる場合に限って、調査に協力する義務があることが示されました。

ケースバイケースで、どのように判断されるのか予測が困難ですが、この裁判では、違反行為の調査と言いながら、違反行為以外の質問が多かったことから、従業員は調査に応じる義務はない、会社が行った懲戒処分は無効であると判断しました。

就業規則に違反する行為の有無を確認するために、このケースで言うと、どのような形で職務を妨害されたのか、その内容や頻度など、違反行為の具体的な事実を聞き出す質問をしていれば、有効と判断されたと思われます。

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