川崎重工業事件(配置転換)

川崎重工業事件 事件の経緯

造船不況によって船舶事業の需要が低下していた一方で、航空機事業の拡大が見込まれることから、会社は多数の従業員を事業部間で異動する方針を決定しました。

その中で、会社は、神戸工場の船舶事業本部 企画室管理部に所属していた従業員に対して、岐阜工場の航空機事業部 生産技術部に配置転換(配転)を命じました。

従業員は、数ヶ月後に結婚を控えていて、結婚後は神戸で夫婦共働きをして、将来は徳島にいる母を引き取って扶養する予定であることを理由に、配転命令を拒否しました。

そのまま放置すれば配転計画の遂行に支障が生じることから、会社は就業規則に基づいて、従業員を解雇しました。

これに対して従業員は、配転命令及び解雇は無効であると主張して、従業員としての地位の確認と賃金の支払いを求めて、会社を提訴しました。

川崎重工業事件 判決の概要

原審の判断は、正当として是認することができる。

大阪高裁(原審)

東亜ペイント事件の最高裁判決にかかわらず、従業員は、工場や事業所の新設、増設、閉鎖、縮小、企業の合併、操業度の変動等に伴って、合理化のために行う配置転換(配転)については、次のいずれかに該当する場合は、人事権の濫用に当たり、配転命令は無効であると主張する。

  1. 業務上の必要性が高度で、かつ、対象者が最適任者であるという証明がない場合
  2. 単身赴任を余儀なくされるなど、従業員の生活に相当程度の不利益をもたらす場合
  3. 他に不当な動機や目的がある場合

しかし、ローテーション目的の配転(ジョブ・ローテーション)とは異なる合理化目的の配転であっても、会社は、業務上の必要に応じて、その裁量によって従業員の勤務地を決定できると考えられる。

つまり、その配転命令に業務上の必要がない場合、又は、その配転命令に業務上の必要があったとしても、他の不当な動機や目的がある場合、若しくは、従業員に著しい不利益が及ぶ場合など、特段の事情がない限り、配転命令は権利の濫用には当たらない。

合理化目的の配転を、これと区別して考えることに合理性はない。

本件の配転については、業務上の必要があり、他の不当な動機や目的はなく、従業員に著しい不利益が及ぶものではない。また、従業員を配転の対象とした人選に不合理な点は認められない。

したがって、本件の配転命令は、人事権を濫用するものではなく、有効である。

そして、本件の配転は、造船不況による需要と操業度の低下によって生じた船舶事業本部の大量の余剰人員の解消と共に、航空機事業部の人員の増強が求められたことから、業務上の必要があったと認められる。

その上、病気の家族を抱えて、その看護のために転勤できないなど、特別の事情がある者は別として、配転の対象となった他の多数の従業員は、事務職も技術職も現業職も関係なく、会社の造船部門が直面する厳しい情勢を認識して、持家を処分したり、子供を転校や転園させたりして、それぞれが大きな犠牲や不便を我慢しながら、配転に協力した。

本件の配転について、従業員から苦情処理の申立てを受けた労働組合は、本人から事情を聴取した上で、夫婦で共働きしなければならないとか、将来は郷里の母を扶養しなければならないという理由では、会社に配転の撤回を求めるには不十分で、その程度の事情では配転に応じるべきであると判断して、従業員に配転に協力するよう説得していたことが認められる。

これらの事実から考えると、本件の解雇は、解雇権を濫用するものではなく、有効である。

川崎重工業事件 解説

労働契約法には、出向に関する規定は設けられていますが、配置転換に関する規定は設けられていません。

しかし、配置転換については、次のように、東亜ペイント事件の最高裁判決が判例法理として定着しています。

  1. 配転命令に業務上の必要がない場合
  2. 配転命令に業務上の必要があったとしても、
    • 他の不当な動機や目的がある場合
    • 従業員に著しい不利益が及ぶ場合

は、人事権の濫用として、配転命令が無効になることが示されました。

これに当てはまらなければ、本人から個別に同意を得なくても、会社の裁量で配置転換や転勤を命じることができます。従業員が拒否することは許されません。配転(転勤)命令の拒否を就業規則の解雇事由として定めている場合は、通常は正当な解雇理由になります。

ただし、例えば、家族を介護していて、世話をできる者が他にいないような場合は、著しい不利益が及ぶと考えられています。そのような場合に限って、従業員は配転(転勤)命令を拒否できます。

裁判になったケースでは、単身赴任をすること、将来母を扶養することを理由に挙げて、配転命令を拒否しました。

しかし、裁判所は、母の扶養は将来のことであって、単身赴任は予測されていたことで、配偶者と一緒に転居することも可能であったとして、それらは受け入れ可能な不利益であると判断しました。著しい不利益とは言えないので、会社が行った配転命令とそれに伴って行った解雇は有効であるという結論になりました。

また、配置転換は、ジョブローテーション(人材育成や活性化)を目的としたり、合理化(需給調整)を目的としたりするケースがありますが、合理化(需給調整)を目的とする場合であっても、配転命令の要件(人事権の濫用)に関する考え方は同じであることが示されました。

就業規則に、「配置転換又は転勤を命じることがある。」という記載がある会社は、契約内容の一部となって、原則的に従業員は、就業規則の内容に包括的に同意しているものと考えられています。

ただし、勤務地や職務内容(職種)を限定することを個別に約束して採用した場合(雇用契約書や労働条件通知書で限定していた場合)は、その約束が優先されます。その場合は、会社が一方的に配置転換や転勤を命じることはできません。その都度、本人から同意を得る必要があります。

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